ジョン・アダムズ作曲 チャイナ ゲート 1977年
アメリカの作曲家ジョン・アダムズ(1947年生まれ)は、1977年の冬、サンフランシスコで雨が降り続いたある一日から、ピアノ独奏曲《チャイナ ゲート》の着想を得た。アダムズは、自身のコテージの屋根を打つ、やさしく催眠的な雨音を回想し、こうした自然が生み出す対位法がこの作品に特徴的な反復パターンを生み出した。「ゲート」とは、電子音楽から借用した言葉で、音の並び方(旋法)が突然切り替わる瞬間のことで、その移ろいは極めて繊細である。
対位法とは「複数の独立した旋律が同時に重なり合いながら進行する作曲技法」のこと
クリストファー・テオファニディス作曲 アリア 2016年
この作品は、アメリカの作曲家クリストファー・テオファニディス(1967年生まれ)がマリンバに対して抱いている印象や、その音楽的ファクターに触発されて生み出された。作曲家によれば、マリンバの演奏は非常にフィジカルで、ダンサーを思わせる身体的な動きが特徴である一方、そこから生まれる音は水滴のように繊細で、きわめて貴重なものに感じられるという。本作には多くの「間」が用いられており、それによって一音一音の存在感と尊さがいっそう際立たされている。作曲家がマリンバの中でも特に愛しているのは、弱音では幽玄に響き、強奏では温かみを増してうねるように広がる低音域のロールである。そうした響きは、何度も繰り返される和声進行の中に豊かに織り込まれている。
安倍圭子作曲 遥かな海 1986年
安倍圭子は、世界的に活躍するマリンバ奏者であり、作曲家・教育者としてもマリンバ音楽の発展に重要な役割を果たした。安倍氏は本作品について、以下のように記している。
「小学生の想像力を育てる教材用の一部として「海」をテーマの演奏を頼まれました。その時の演奏を楽譜にしたものです。数々の海への美しい想い出が、私の中で静かに、内なる一つの情景となって存在しております。穏やかで豊かな楽器の響きを考えておりました。」
この作品は終始、同音連打によって展開され、冒頭から変化の少ない、そして小さな揺らぎを持った同音連打は、寄せては返す波を連想させる。
アルセニー・グセフ作曲 ダイアログズ ウィズ フィッシュ 2025年
《Dialogues with Fish(魚との対話)》は、作曲家アルセニー・グセフ(1998年生まれ) が初めて書いたマリンバ独奏のための作品であり、中村の委嘱により2025年1月に作られた。グセフは、中村の持つ「声のような音色」から着想を得て、その叙情的でありながら劇的でもある響きのイメージを「水」というモチーフへと発展させていった。マリンバという楽器の持つ流動的で有機的な音は、水の透明さや深さ、そして揺らめきを思わせる。タイトルにある「魚との対話」は、フィネガス(アイルランド神話)やマヌ(ヒンドゥー教神話)など、魚を通して人と自然、あるいは神秘とが交流する物語にも通じている。グセフは、こうした伝説を演奏会における奏者と聴衆の関係に重ね、音楽が言葉を超えて意味を伝える、儚くも美しい瞬間を描き出している。
クロード・ドビュッシー作曲 《子供の領分》より雪は踊っている 1906年から1908年
この曲は、ドビュッシーの代表作のひとつであるピアノ組曲《子供の領分》の第4曲である。本作品は、明確な旋律が前面に現れるというよりも、短い音型や断片が絶えず揺れ動き、静かに舞い落ちる雪の動きを、きわめて繊細な音の粒によって描き出している。
ジェイコブ・ドラックマン作曲 水の反映 1986年
1 水晶のような
2 快速な
3 穏やかな
4 なだらかなうねり
5 深遠な
6 容赦なく
《水の反映》が作曲された1986年は、西洋音楽史のなかで1世紀足らずの歴史しか持たないマリンバにとって、最も大事な年のひとつと言えるだろう。3人のピュリッツァー賞受賞作曲家、ジェイコブ・ドラックマン、ジョセフ・シュワントナー、そしてロジャー・レイノルズが「全米芸術基金(NEA)」を通じて、マリンバのための傑作を3作品生み出した。
ドラックマンはこの作品について次のように語った。
「私がまだ若く、感受性が強い時期に影響を受けた作曲家は、ドビュッシーとストラヴィンスキーである。その中でも、この作品はドビュッシーの魔法のような「前奏曲」に対する私なりの敬意の表れである。」
ドビュッシーの音楽は、具体的要素(音程、和声、形式)から抽象的要素(表現力、神秘性、色彩の重要性)に至るまで、彼に強い影響を与えた。この楽曲は6つの小品から成るが、「小品」という概念を超え、各楽章短いながらも感情の深みと美しさを感じられる作品である。
演奏者プロフィール
中村由紀子 なかむらゆきこ[マリンバ]
岡崎市出⾝。京都市⽴芸術⼤学⾳楽学部を⾸席で卒業。京都市⻑賞受賞。ジョンズホプキンス⼤学ピーバディ⾳楽院GPD課程、修⼠課程をArtistic Excellent奨学⾦を得て修了。イェール⼤学⾳楽院では、授業料全額免除の奨学⾦を得て修⼠課程を修了。2023年に帰国する。レパートリーはマリンバのために書かれたオリジナル作品を軸に、クラシックにおいてのマリンバ⾳楽の発展に⼒を注いでいる。室内楽奏者としても意欲的に活動し、数多くの室内楽・オーケストラ作品をアメリカで初演する。2023,24年には中国深圳にて4回にわたる演奏会を開催。エミー賞受賞作曲家Garth Neustadter 作曲Seaborne~打楽器6重奏と映像のための〜や、エレクトロニクスを⽤いた作品等、打楽器の新たな可能性へアプローチしたプログラムで好評を得る。同年ルーマニアで⾏われたContemporArt フェスティバルにゲストアーティストとして招かれる。現在、愛知・京都を中⼼とした演奏活動、そして後進の指導にも⼒を注いでいる。名古屋⾳楽⼤学講師。